台湾と日本のリーガル AI 活用比較:85%普及時代の組織ガバナンス

台湾の法律実務家の 85.6% が AI を業務で活用する一方、日本では総務省・JUAS・日経の各種調査が「導入の進展」と「慎重なガバナンス」を示しています。本記事では Lawsnote 2025年調査や情報通信白書などをもとに、両国の差と共通課題である「シャドーAI」のリスクを整理します。

リーガルテックという言葉が登場した当初、議論の中心は「AI は弁護士業務に使えるのか」「契約書レビューを自動化できるのか」という導入の是非にありました。しかし、2025年から2026年にかけて、その前提は大きく変わりつつあります。

台湾では、Lawsnote が2025年に実施した「台湾法律工作者使用AI現況調査」(以下、Lawsnote 2025年調査)において、法律実務家の 85.6% が業務でAIを利用した経験があると回答しました。一方、日本においても、日本経済新聞が2026年2月に公表した法務部門調査では、国内主要企業の 76% が法務業務で生成 AI を活用していると報じられた。

さらに、総務省の『令和7年版 情報通信白書』では企業の生成 AI 利用率が 55.2%、JUAS 調査では導入率 41.2% とされており、調査によって数値には幅があるものの、日本でも AI 活用は着実に広がっている状況です。

このように、両国とも AI 導入は進んでいますが、その成熟度や運用のあり方には違いが見られます。現在問われているのは既に「使うかどうか」ではなく、「どのように管理し、安全に運用するか」という点です。

一、リーガルワークの変革:検索から「生成・判断支援」へ

(一)法律業務の再定義

従来の法律実務は、「検索 → 読解 → 整理 → アウトプット」という直線的なプロセスで成立していました。判例検索エンジンや法令データベースは、このうち「検索」の効率化を支えてきた既存のリーガルテックです。

しかし、生成 AI の登場により、人間が担っていた「読解」「整理」「アウトプット」の領域にも、AI が直接踏み込むようになっています。契約書の論点抽出、判例要約、リスク分析、ドラフト作成など、AIが一連の作業を担うケースが増えています。

(二)AI 活用ロードマップ

リーガル業務における AI 活用は、以下の4段階で整理できます。(AX:AI Transformation)

リーガル業務におけるAI活用ロードマップ
リーガル業務における AI 活用の4段階(AX:AI Transformation)
Phase 位置づけ AI の役割 主な業務例
Phase 1 補助ツール 参考情報の提示 判例検索、用語確認
Phase 2 部下・アシスタント 初期判断の補助 論点整理、契約レビュー
Phase 3 判断主体(人間が監督) 一定範囲で自律処理 標準契約の自動レビュー、コンプライアンス監視
Phase 4 自律運用 制度設計・自律判断 (多くの国で制度的に許容されない領域)

台湾の法律実務はすでに Phase 2の段階へ進みつつある一方、日本は Phase 1から2への移行期にあると考えられます。これは技術力の差ではなく、後述する制度・文化・運用環境の違いによるものです。

二、台湾:実務先行で進む AI 活用

(一)法律実務家の 85.6% が AI 経験者

Lawsnote 2025年調査は、法律事務所、企業内法務、政府機関など721名の法律実務家を対象に行われた、台湾でも数少ない大規模調査です。

主な結果は次のとおり:

  • 業務でAIを使ったことがあると回答した割合:85.6%
  • AIによって業務効率が「40%以上」改善したと感じる割合:43.4%
  • AIによって業務効率が「80%以上」改善したと感じる割合:12.4%

これは世界的に見ても突出した数字であり、台湾の法律市場が SaaS サービスに対する受容度が高いことがはっきり見えます。

AIによる業務効率向上の自己評価グラフ(Lawsnote 2025 調査、n=721)

(二)主なユースケース

台湾の法律実務家が AI を活用している代表的な業務は、次のような領域です。

  • 法令・判例リサーチの初期スクリーニング
  • 契約書の論点抽出と修正案検討
  • 法律意見書、社内メモのドラフト作成
  • 翻訳、要約、議事録整理

(三)課題:組織導入の遅れと「シャドーAI」

台湾では AI 活用が急速に広がっています。特に 85.6% という高い利用率は、法律実務において AI がすでに日常的なツールとなっていることを示しています。
ただし、台湾の高い普及率は、そのまま「組織として整った活用」を意味していません。同調査では、AI 活用を積極的に推奨している組織では、AI が「役に立たない」と回答した割合がわずか1%にとどまる一方、AIの利用を禁止している組織では、25%が「役に立たない」と回答しています。

この差は、AI の性能ではなく組織のスタンスが、業務効果を左右していることを示しています。
組織として方針が定まっていない場合、個人が無料の汎用ツールを独自に利用する傾向が強まり、「シャドーAI」という企業が許可していない生成 AI ツールを業務で勝手に使用する危険な状態に陥りやすく、結果として情報漏洩や品質リスクが高まります。

三、日本:慎重な検討と「守りのガバナンス」

(一)導入状況:着実に進むが、企業規模による差が大きい

日本の AI 導入状況は、台湾とは異なる進み方をしています。

総務省の『令和7年版 情報通信白書』によると、何らかの業務で生成 AI を利用している企業は 55.2% に達しています。また、JUAS の『企業IT動向調査2025』では、言語系生成 AIの導入率は前年の 26.9% から 41.2% へと 14.3 ポイント増加しています。

さらに、売上高1兆円以上の大企業に絞ると、92.1%が「導入済み」または「導入準備中」とされており、企業規模による差が顕著に現れています。

そして法務領域に限定すると、日本経済新聞の調査では、国内主要企業の76%が生成AIを法務業務で活用していると報じられています。

このように、調査によって数値には幅があるものの、日本は決して「AIが導入されていない国」ではありません。むしろ、大企業を中心に生成AIは急速に現場へ浸透しています。

ただし、その導入のあり方は台湾とは大きく異なり、スピードよりも統制を重視する特徴があります。

(二)懸念点:品質維持とハルシネーションへの警戒

日本の法務部門と弁護士業界が、生成 AI に対して慎重な姿勢を取る最大の理由のひとつが、ハルシネーション(虚偽情報の生成)に対する警戒です。

Stanford 大学の研究では、Westlaw AI や Lexis+ AI といった専門の法律 AI ツールにおいても、回答の17%〜33%にハルシネーションが含まれていたと報告されています。

このように、専門的な RAG 型システムであっても一定の誤りが残る以上、AI の出力をそのまま信頼することができないという認識は、日本の法律実務において極めて合理的です。

実際、日本弁護士連合会は2025年に注意事項を公表し、ファクトチェックの必要性や責任の所在について明確に整理しています。

このような背景から、日本ではAIを「判断主体」として扱うのではなく、「人間が責任を持って検証する補助ツール」として位置づける傾向が強くなっています。

(三)リーガルテック市場の成熟

日本のリーガルテック市場規模も着実に拡大しています。

Future Market Insightsの分析によると、日本のリーガルテック市場は2025年に17億ドル、2035年に30億ドル(CAGR 5.7%)に達すると予測されている。

また同レポートによれば、契約ライフサイクル管理(CLM)が市場の24.0%を占める最大セグメントとされており、日本企業においては契約管理領域から AI 導入が進む傾向が見られます。

これは、日本における AI 活用が「全体最適」ではなく、「リスク管理しやすい領域から段階的に導入される」という特徴を示しています。

四、日本における AI 応用の「壁」:制度とリスク管理

日本のリーガル AI 活用は、単なる「遅れ」ではなく、制度・文化・業務構造によって形成された「設計された慎重さ」として理解する必要があります。ここでは、その背景にある3つの構造的要因を整理します。

(一)弁護士法第72条と法務省ガイドライン

日本における最大の論点は、弁護士法第72条が定める「非弁護士による法律事務の取り扱い禁止」です。

この論点について整理を行ったのが、2023年8月に法務省が公表した『AI 等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について』です。

本ガイドラインでは、AI を用いた契約書レビューなどのサービスについて、一定の条件下では直ちに違法とはならないことが示されています。

主な判断基準は以下のとおりです。

  • 報酬を得る目的がない場合は、弁護士法72条違反に該当しない
  • 契約締結前の通常の検討業務には、原則として「法律事務」と見なさない
  • 弁護士が最終的に内容を精査・修正する利用方法は適法とされる

このように、AI による契約書レビュー自体は許容される余地があります。

しかし一方で、最終的な法的判断を AI に委ねることは依然として認められていません。

そのため、日本における AI 活用は、実務上も制度上も Phase1〜2(補助・アシスタント)に限定される傾向があります。

(二)「効率」よりも「説明責任」を重視する文化

日本の法務部門が重視するのは、単なるスピードや効率だけではなく、「なぜその判断に至ったか」を説明できる根拠の透明性が、成果物の品質と同等以上に求められる。

「AIがそう言っている」だけでは、社内決裁にも、対外説明にも耐えられません。出力の根拠、使用したデータ、人間の確認プロセスを含めて説明できることが求められます。

このため、AIをそのまま意思決定に用いるのではなく、人間が責任を持って検証できる範囲でのみ活用するという運用が前提となります。

この「説明責任を前提とした利用条件」が、日本企業における AI 導入を慎重にしている大きな要因の一つです。

(三)既存ワークフローとの「乖離コスト」

技術的に高性能な AI ツールであっても、それが既存業務フローから乖離していれば、現場には浸透しにくい。

日本企業の多くは、Microsoft Word と Excel を中心とした文書作業や、メール・ワークフローシステムに基づく業務運用を行っています。そのため、AI ツールが独自の外部プラットフォーム上で提供される場合、現場では次のような追加作業が発生します。

  • Word から契約書をエクスポートする
  • AI ツールにアップロードする
  • 出力結果を Word へ反映する

このツール間の往復(コンテキストスイッチ)が増えるほど、認知負荷と作業工数を増加させ、結果としてAIによる効率化メリットを相殺してしまいます。したがって、日本市場においては、単にAIの性能が高いだけでは不十分です。

既存の業務フローの中にいかに自然に組み込めるかが、導入の成否を左右する重要な要因となります。

五、共通課題:「個人活用」と「組織ガバナンス」の乖離

ここまで見てきた台湾と日本の状況を整理すると、表面的な普及率の違いを超えて、両国に共通する課題が浮かび上がります。

台湾と日本のリーガルAI活用比較

(一)両国に共通する「ガバナンスの溝」

台湾では、法律実務家の 85.6% が AI を活用していますが、組織として明確な利用ルールを整備している企業・法律事務所の割合は、それを大きく下回ります。

日本でも、JUAS 調査のとおり約4割の企業が生成 AI を導入している一方で、明確なガイドラインや教育体制が整備されているケースは限定的です。

つまり、個人主導で先に使い始め、組織がそれを後追いするという非対称な構造が、両国に共通しています。

また、Lawsnoteの調査が示すとおり、AIの利用を禁止している組織ほど、現場では「AIは役に立たない」という認識が広がる傾向があります。これは、禁止がもたらす副作用とも言えます。

(二)シャドー AI が招く2つのリスク

組織が公式な AI 利用環境を提供しない場合、社員は個人アカウントやスマートフォンを通じて、無料の汎用AIツールを業務に利用するようになります。これが「シャドー AI」です。

日本においても、日経デジタルガバナンスは「シャドー AI 規範だけでは防げない情報漏洩」と警鐘を鳴らしています。

シャドー AI が法務領域で抱えるリスクは、大きく2つに整理できます。

リスク1:情報漏洩

契約書や依頼者情報、社内機密などがパブリックな AI モデルに入力されることで、データが学習に再利用される可能性があります。

これは、弁護士の守秘義務や個人情報保護法、不正競争防止法における営業秘密管理など、複数の法的責任に直結します。

リスク2:ハルシネーションによる判断の歪み

Stanford の研究が示すとおり、専門的な AI ツールであっても17〜33%のハルシネーションが存在します。

組織として検証フローが整備されていなければ、誤った判例や条文が成果物に含まれたまま、依頼者や経営層に提出されるリスクがあります。

(三)適切な管理のもとで活用を推進する

これらのリスクに対して、最も避けるべき対応は「全面禁止」です。

禁止は問題を解決するのではなく、シャドーAIを不可視化し、かえってリスクを高める結果につながります。

したがって、求められているのは「使わせない」という発想ではなく、「安全に使わせる」という発想への転換です。

具体的には、以下のようなガバナンス設計が重要になります。

  • 業務データを学習に利用しない契約条項を備えた法人向けプランの採用
  • 入力前に依頼者情報や機密事項を匿名化・抽象化する運用ルール
  • 判例データベースと連動したRAG型AIによるハルシネーション抑制
  • AI出力を「最終回答」ではなく「ドラフト」として扱う運用
  • 利用ログを記録し、説明責任を担保する体制

ガバナンスとは、技術選定だけで解決する問題ではなく、全体的な業務設計の問題です。

まとめ:「管理能力」の向上こそが、次の課題である

ここまでの議論を踏まえると、いくつかの傾向が見えてきます。

台湾では 85.6%、日本でも法務分野で 76% が AI を活用しており、導入自体はすでに広く進んでいます。もっとも、日本においては弁護士法第72条や法務省ガイドラインといった制度的な制約に加え、文化的な背景もあり、AI 活用には一定の慎重さが伴っているのが実情です。

その一方で、シャドーAIの存在や、組織としてのガバナンス整備の遅れといった課題は、台湾と日本に共通して見られます。こうした状況を踏まえると、今後の焦点は AI を制限することではなく、いかに安全に使える環境を整えていくかにあると言えるでしょう。

実際、Clio 社の『2025 Legal Trends Report』によれば、AI を業務に取り入れている弁護士は認知負荷が最大 25% 軽減され、業務時間の最大74%が効率化・自動化されたとされています。さらに、AI を導入している事務所は、導入していない事務所と比べて売上成長を報告する割合が約3倍にのぼるという結果も示されています。

このようなデータから見ても、AI 活用の効果自体はすでに明らかになっています。今あらためて問われているのはその効果を個人のスキルにとどめるのか、組織として再現可能な仕組みに昇華できるかという点です。

【監修・執筆者紹介】
郭栄彦 Barry Kuo

郭 栄彦 Barry Kuo

Lawsnote 創業者・CEO

台湾を代表するリーガルテック企業「Lawsnote」の創業者。台湾弁護士・弁理士としての実務経験を経て2016年に同社を設立し、AIを活用したリーガルテック製品の開発・普及を主導。現在はLawsnote Japanの代表として、日本の法律実務の効率化と高度化を支援しています。

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